内向型の僕が「消耗を止めるために」まず手放した3つのこと

会社人生から降りたあと、最初にやったことは
「何か新しいことを始める」よりも、
自分をすり減らす原因を“手放す”ことでした。

内向型の僕は、しんどくても外に出さず、
自分の中で抱え込んで処理してしまうタイプでした。

空気を乱したくない。
弱音を吐くのが苦手。
「自分が我慢すれば回るなら」と思ってしまう。

その積み重ねで、
気づけば限界を超えるところまで踏ん張ってしまう。
だからこそ振り返ると、
頑張りすぎたあとに、心だけが空っぽになることが何度もありました。

内向型がなぜこうなりやすいのかは、
別の記事で構造として整理しています。

👉 内向型が仕事で消耗しやすい3つのパターン|なぜ頑張っても苦しかったのか

この記事では、僕が現実の中で少しずつ手放していったものを、
同じように疲れている人のヒントになる形でまとめます。

「足す」より先に、「減らす」だった

生き方を変える話って、つい「これを始めた」「あれを学んだ」みたいに足し算になりがちです。
でも僕の場合は逆でした。

まず必要だったのは、消耗の原因になっているものを減らすこと
正直に言うと、
「このまま流され続けるのが嫌だった」それだけでした。

ここから書く「手放した3つ」は、どれも一気に捨てられたわけじゃありません。
少しずつ距離を取り、少しずつやめていって、
気づいたら「もう“前の自分”には戻りたくなくなっていました。」
そんな種類の変化でした。

手放したもの①:会社評価・肩書きへの執着

いちばん最初に手放したかったのは、
会社の評価や肩書きが、自分の価値そのものになってしまっていた状態でした。

中間管理職として長く働き、成績もそれなりに出してきました。
評価もそれなりにもらっていました。

でも、ある時から、
「評価されるほど、また次の役割を背負わされる」
その流れ自体に、疲れを感じるようになっていました。

目立ちたいわけじゃない。
ただ、淡々と働きたかっただけ。

それなのに、
結果を出すほど、周囲の期待や役割が重なっていく。

この違和感を抱えたまま働き続けるのが、
だんだんしんどくなっていったんです。

正直に言うと、
前の会社にいる間は、この状態を“うまく手放す”ことはできませんでした。

生活もある。責任もある。
頭ではわかっていても、
会社の評価の仕組みの中にいれば、どうしても引き戻される。

だから僕は、
考え方だけを変えるのではなく、
働く環境そのものを変える選択をしました。

今の働き方に移ったのは、
評価を否定したかったからではなく、
評価を「人生の中心」から外したかったからです。

誤解してほしくないのは、
「評価から距離を取る=すぐ会社を辞めろ」という話ではないということです。
できる人は、今の環境の中で調整すればいい。
それで回るなら、それが一番いいと思います。

僕の場合は、
何度か試してみて、それでも限界だった。
だから最後に、環境そのものを変える選択をしただけです。

このときの「限界をはっきり自覚した瞬間」については、別の記事で詳しく書いています。
👉 50代で管理職を辞めた日|退職を決めた研修の2日間

手放したもの②:無理に合わせる人間関係・役割

次に手放したかったのは、
我慢して、誤魔化して、自分自身に嘘をつきながら「合わせる役」を引き受け続けることでした。

内向型の僕は、限界になるまで外に出しません。
黙って耐えて、普通にこなして、ある日突然ガタッと来る。
そういうパターンを、何度も繰り返してきました。

上と下の板挟み、会議、根回し。
仕事量そのものよりも、
立場や役割が頻繁に変わる中で、気を張り続けることのほうが、正直きつかった。

上司が変わる。部下が変わる。方針が変わる。評価軸が変わる。
慣れた頃に、また変わる。
この繰り返しで、ずっと神経を使い続けていました。

ここで僕が決めたのはシンプルで、
「無理に合わせる前提で生きない」ということでした。

全員に好かれる必要はない。
誤解されないように完璧に立ち回る必要もない。
その代わり、自分が壊れない距離を優先する

この「距離」の考え方を持てたのは、後で書く空海の教えの影響も大きいです。

手放したもの③:全部コントロールしようとする思考

最後はこれです。
人生を計算通りに動かそうとして、自分で自分を疲れさせる癖

明日の予定、周りの評価、過去の失敗、未来の不安。
気づけば頭の中が「もしも」「こうすべきだった」でいっぱいになる。
内向型って、外の刺激だけじゃなくて、自分の思考でも消耗するんですよね。

だから僕は、
全部をコントロールしようとする考え方そのものを、手放すことにしました。

ここで僕にとって大きかったのが、空海の教えでした。

空海の教えは、僕にとって“答え”というより、
力を抜いてもいいと気づかせてくれた感覚に近かったです。

全部をコントロールしようとするほど、頭の中だけが忙しくなる。
でも現実は、何も軽くならない。

「できることはやる。
でも、その先の結果までは抱え込まない」
そう決めてから、少しずつですが、頭の中の騒がしさが減っていきました。

自分の軸を取り戻すきっかけになった、四国のお遍路

はじめての単身赴任生活が始まった頃から、なぜか僕は
空海の教えのようなものに、少しずつ惹かれるようになりました。

単身赴任が終わって、最初に取った行動が、車で四国のお遍路に出ることでした。

前職には長期休暇制度があり、2週間近くまとまった休みが取れました。
その時間を使って、いったん会社の世界から物理的にも距離を置きたい
そんな気持ちが強くなっていたんだと思います。

一緒に行ったのは、当時飼っていたチワワ。
今思えば、犬連れで四国を車中泊で回るなんて、なかなか無茶なお遍路旅でした。

山道や細い遍路道は正直きつかった。
それでもなぜか、
「しんどそうなことを、最後までやり切りたい」
そんな気持ちが自分の中にありました。

今振り返ると、あれは「信仰」というより、
ずっと背負っていた会社モードを一度リセットしたかった
そんな時間だった気がします。

その頃よく耳にしていたのが、
「人生を自分軸に戻しなさい」という空海の教えでした。

これは“わがままに生きろ”という意味じゃなくて、
他人の期待や常識より、自分の内側の感覚を優先していい
ということだと、僕は受け取っています。

僕の中で特に残っているのは、この3つです。

  • 他人の期待より、自分の内側の声を聞く
  • 自分のペースに戻れる時間を確保する
  • 他人の評価に振り回されすぎない

僕にとって「自分軸」は、思想というより、
これ以上すり減らないための調整方法に近い感覚でした。

「手放す」は逃げじゃなくて、回復のための判断だった

僕が手放したかったのは、努力そのものじゃありません。
手放したかったのは、努力が報われない形で消耗していく構造です。

評価に振り回される。
役割に振り回される。
未来を考えすぎて、自分で自分を追い込む。

これを続けたら壊れる。
そう思ったから、まずは引き算をした。

そして不思議なことに、
引き算を始めてから、少しずつ気持ちに余裕が戻ってきました。

今日からできる小さな引き算

最後に、同じように疲れている人へ。
実際にやってみて、
僕がやってみてラクになったのは、この3つでした。

  • 評価や数字を見る回数を減らす(追うほど心が揺れる)
  • 全部説明しようとしない(誤解ゼロを目指すと疲れる)
  • 今に戻って、今日を丁寧に終える(未来を抱えすぎず、まず「今日」を区切る)

いきなり環境を変えなくても大丈夫です。
まずは、背負いすぎているものを一つだけ下ろす。
それだけで、見える景色が変わることがあります。

まとめ:手放したら、戻ってきたものがあった

僕が手放したのは、この3つでした。

  • 会社評価・肩書きへの執着
  • 無理に合わせる人間関係・役割
  • 全部コントロールしようとする思考

手放したら、代わりに戻ってきたものがあります。
それは、派手な自信じゃなくて、安心感でした。

僕もまだ途中です。
でも少なくとも今は、前よりも、「自分で決めている感じ」はちゃんとあります。


次の記事では、手放したことで空いた余白に、僕が何を入れていったのか。
内向型が回復する日常ルーティンとして、具体的にまとめます。

👉 内向型が回復する日常ルーティン|整えるためにやっていること


📌 このブログは「内向型のまま、人生を組み直したい人」のために書いています。
🌿 ひとり時間を大切にしたい方
🚖 無理しない働き方を選びたい方
🛐 自分軸で整えていきたい方
あなたの一歩のヒントになれば嬉しいです。
👉 運営者情報はこちら