50代で管理職を辞めた日|退職を決めた研修の2日間
「このまま管理職として、あと10年走り続けるのか?」
その答えが、たった2日間の研修で決まりました。

研修に向かう朝、すでに心は重かった

2023年5月。
管理職マネジメント研修に参加するため、僕は新大阪から東京へ向かいました。

正直に言うと、その数日前から気分は乗っていませんでした。
いつもは楽しめる新幹線もゆうつでしかたない。

「研修か…」
「無事に終わりますように」

そんな言葉を、スマホのメモに残している自分がいました。

当時の僕は、中間管理職。
上場を控えた会社で、これから“さらに上を目指す人たち”が集まる場でした。

でも、僕の心はもう違う場所を向いていました。

研修を受けながら「もう一人の自分」が見ていた

研修が始まると、内容自体は想像通りでした。

  • マネジメント
  • 組織運営
  • チームビルディング

悪い内容ではありません。
むしろ、管理職として成長したい人には、きっと有益な研修だったと思います。

でも、僕は違いました。

研修を受けながら、ずっと自分に問いかけていました。

「俺は、これからも管理職として、この会社で上を目指したいのか?」

不思議な感覚でした。
自分が自分を、少し離れた場所から眺めているような。

正直、この手の研修は、前向きな気持ちで参加できないと、余計につらく感じるものだと思います。

決定打になった「研修課題」

その研修で出された課題が、今でも忘れられません。

設定はこうでした。

新任課長として配属
前任者は病気で引き継ぎなし
部下の情報は書類のみ
問題を抱えたチームを立て直し、役員会で方針を発表する

…正直、ゾッとしました。

なぜなら、これまでの自分の経験と、あまりにも重なったからです。

  • 前任者が何も残さず去る
  • 部下の本音が見えない
  • 不正や自己保身
  • 責任だけは上に乗る

「これ、またやるの?」
「50代になって、まだこれを繰り返すの?」

その瞬間、はっきり思いました。

もう無理だ。

人を疑いながら生きる仕事を、これ以上続けたくなかった

研修の中で、グループディスカッションもありました。

「どうやって部下をまとめるか」
「どうやって上を説得するか」

でも、僕の心は全く動きませんでした。

協力し合って解決しよう、という気持ちになれなかった。

なぜか。

もう、人を疑いながら仕事をしたくなかったからです。

  • 本音を探る
  • 裏を読む
  • 保身を計算する
  • 空気を読む

50歳を超えて、こんな“消耗戦”を続ける人生を、僕は望んでいませんでした。

僕が欲しかったのは「自分の責任で生きる人生」

研修2日目の夜。
ホテルの部屋で、ひとり考えました。

そして、はっきり言葉にしました。

「これからは、自分で選んで、自分で責任を取る人生にしたい」

会社の判断に振り回される人生。
人事異動や評価で、人生の流れが変わる働き方。

もう、やめよう。

そのとき、ずっと心の奥に引っかかっていた言葉が、ふっと浮かびました。

ソロ活。

誰かに依存せず、
自分の判断で生きる働き方。

退職。
転職。
副業。
独立。

この流れを、本気で選ぼうと決めた瞬間でした。

研修後、東京の街を歩きながら「過去」と「未来」を整理していた

研修前日、東京で息子と会いました。

東京は、かつて単身赴任で暮らしていた街です。
あの頃も、「会社に振り回される人生は嫌だな」と、心のどこかで思っていました。

ただ当時は、そんなことを言っていられる状況ではありませんでした。

子ども2人はまだ独立しておらず、
これから大学進学を控え、
「これから一番お金がかかる時期に入っていく」タイミングでした。

今、息子は社会人となり、東京の会社の寮で生活しています。

単身赴任していた当時、浪人中だった息子が進路に悩んでいました。
半休を取って新大阪駅まで戻り、
短い時間でしたが、将来について話をして、
そのままとんぼ返りで東京へ戻ったことを、今でもよく覚えています。

あのときは、僕が息子を励ましていました。
でも今回は、どこか逆でした。

今回は、息子に励まされているような感覚がありました。

あの頃の自分は、必死でした。

副業禁止の会社でしたが、
こっそりブログを始めて、
初めて「自分の力で稼げた」という成功体験を作りました。

あのとき、確かに感じていました。

「自分の力で生きている感覚」

その感覚を、もう一度思い出したかった。

東京の街を歩きながら、
過去の自分と、これからの自分が、静かに重なっていくような時間でした。

これは、前職との別れであり、
次の人生へ進むための、確認作業だったんだと思います。

50代での退職は「逃げ」じゃなかった

よく言われます。

上場半年前に退職。
新株予約権(ストックオプション)も放棄。

客観的に見れば、
「もったいない」と言われるのも、正直わかります。

  • 「もう少し我慢すればよかったのに」
  • 「そこまで来たなら、上場まで残ればよかったのに」

でも、僕は今も後悔していません。

むしろ、
あのタイミングで決断できた自分を、少し誇りに思っています。

あのまま続けていたら、
きっと心か体が、どこかで壊れていました。

これは、逃げじゃありません。

人生のハンドルを、会社から自分の手に戻しただけ。

タクシー乗務中、たまに聞かれます。

「どうしてタクシー運転手になったんですか?」
年配のお客さんには、
「まだ若いのに…」と言われることもあります。

そんなとき、僕は決まってこう答えます。

「中間管理職に疲れまして。ちょっと逃げちゃいました。」

冗談っぽく言いますが、
本音はこうです。

「逃げたんじゃなく、自分の人生に戻っただけ」

今は、ようやくそう思えるようになりました。

今、同じように悩んでいる人へ

もし今、

  • 管理職に疲れている
  • 組織に違和感を感じている
  • 「このままでいいのか」と考えている

そんな人がいたら、伝えたい。

答えは、すぐに出さなくていい。

でも、「自分はどう生きたいか」だけは、
一度ちゃんと自分に聞いてあげてほしい。

僕は、研修2日間で、それがはっきりしました。


この話は、正直書くか迷いました。
でも、あの頃の自分と同じ場所にいる人に届くなら、書く意味はあると思いました。

次の記事では、
「なぜ内向型の僕が組織で消耗し続けたのか」
その構造を、もう少し整理して書いていきます。

👉 内向型が管理職で疲れやすい理由(準備中)


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