内向型の働き方シリーズも、この記事でいったん区切りにしようと思います。
ここまで、
内向型として消耗しない働き方や、
自分に合う仕事の見つけ方について書いてきました。
でも最後に残ったテーマは、
仕事そのものではありませんでした。
それは、
「自分の人生をどう生きるか」でした。
もっと根っこにあるのは、
自分の人生を、
自分で選べているかということでした。
僕は長い間、
会社員として働いてきました。
管理職にもなり、
世間的に見れば順調だったのかもしれません。
でも心のどこかでは、
ずっと違和感を抱えていました。
この記事では、
僕自身の経験を振り返りながら、
内向型のキャリアと人生設計について、
最後に正直に書いてみたいと思います。
会社のレールを歩いてきた
若い頃の僕は、
会社で頑張ることが当たり前だと思っていました。
良い成績を出す。
評価される。
昇進する。
それが、社会人として正しい道だと思っていました。
実際、結婚もしました。
子どもにも恵まれました。
マイホームも手に入れました。
家族を養うためにも、収入は大切でした。
だから当時は、
自分に向いているかどうかより、
求められることに応え続けることを優先していた気がします。
親の期待。
社会の常識。
世間体。
会社の評価。
そういうものを、かなり意識して生きていたと思います。
もちろん、その時期が悪かったとは思っていません。
あの頃に必死で働いていたから、家族を支えることができました。
今の自分があるのも、あの時間があったからです。
ただ、今振り返ると、
どこかで「自分の人生」よりも、
「求められる人生」を生きていた部分があったのかもしれません。
当時はそれが当たり前でしたし、
疑問を持つこともありませんでした。
でも、この後のある出来事が、
僕の働き方や人生に対する考え方を大きく変えることになります。
東京単身赴任で感じた違和感
大きな転機になったのは、東京への単身赴任でした。
会社員である以上、転勤は珍しいことではありません。
頭では分かっていました。
でも、心のどこかでは納得できていませんでした。
どこで働くか。
どこで暮らすか。
家族とどれだけ一緒に過ごせるか。
そういう人生の大事な部分が、
会社の判断で決まっていく。
当時の僕には、
どうしても割り切れない気持ちがありました。
マイホームがある。
家族もいる。
自分の部屋もある。
それなのに、
なぜ古いワンルームで一人暮らしをしなければならないのだろう。
そんなことを、何度も考えていました。
その時に、ふと思ったんです。
このまま一生、会社に人生をコントロールされるのは嫌だな、と。
もちろん、会社に勤めることが悪いわけではありません。
僕自身、会社に守られてきた部分もあります。
収入も安定していました。
福利厚生も充実していました。
だから、家族を支えることもできました。
ただ、それでも、
自分の人生なのに、自分で決められない感覚が強くなっていきました。
内向型の僕にとって、環境を大きく変えられることは、かなり負荷が大きかったのだと思います。
人間関係、職場の空気、生活リズム。
一つひとつは小さく見えても、積み重なると大きな負担になります。
その頃から、僕の中で少しずつ、
「会社以外の生き方はないのか」
という気持ちが芽生えていきました。
副業禁止の会社で、ネットビジネスを始めた
東京単身赴任の頃、
僕はネットを使ったビジネスを始めました。
当時の会社は副業禁止でした。
それでも、
どうしても何かを始めたかったのです。
会社の給料だけに頼る人生ではなく、
自分の力で収入を作る方法を知りたかったのだと思います。
最初は小さな挑戦でした。
せどりをやったり、
メルマガを配信したり、
ブログを書いたり。
寝る時間を削って取り組んでいた時期もありました。
その中で、
ブログが想像以上にうまくいきました。
記事を書き、
調べ、
試し、
失敗し、
また修正する。
その繰り返しでした。
最初は数万円。
やがて数十万円。
そして多い時には、
会社員の給料を超えるほどの収益になりました。
あの経験は、
今でも僕の中に残っています。
会社以外でも収入を得ることはできる。
自分で考え、
自分で動けば、
人生の選択肢は増やせる。
そのことを、
身をもって知ることができました。
これは、
僕にとってかなり大きな出来事でした。
なぜなら、
会社員としての自分だけが、
自分のすべてではないと気づいたからです。
そして、
この時に身についた成功体験やネットリテラシーは、
本業にも大きく役立ちました。
今振り返っても、
人生の大きな転機だったと思っています。
それでも会社員を続けた
東京単身赴任を経験し、
ネットビジネスにも取り組みました。
会社以外の収入源を持つこともできました。
会社以外にも選択肢がある。
自分で考え、
自分で動けば、
人生の幅は広がる。
そのことを知ることができました。
それでも、
僕は会社を辞めませんでした。
当時は子どもたちもまだ学生でした。
家族を守る責任もありました。
会社を辞めるという選択は、
現実的ではなかったと思います。
だから僕は、
会社員を続けながら、
自分なりの道を模索していました。
ただ、
心の奥にあった違和感だけは、
消えませんでした。
会社に感謝していないわけではありません。
家族を支えることもできました。
でも、
どこで働くか。
どこに住むか。
どんな人生を送るか。
その大切な部分を、
自分で決められていない感覚が残っていました。
副業で収入が増えても、
その違和感は消えませんでした。
今思えば、
僕が求めていたのは、
お金だけではなかったのだと思います。
自分で人生を選べる感覚。
その方が、
ずっと大きなテーマでした。
そして、
その違和感は少しずつ積み重なり、
やがて身体にも現れるようになっていきました。
管理職を辞めると決めた日
前職を辞める決断は、簡単ではありませんでした。
長く勤めた会社を辞める。
管理職を降りる。
安定した収入を手放す。
普通に考えれば、不安しかありません。
でも、それ以上に、
このまま続けた先に、自分らしい人生があるとは思えなくなっていました。
僕が辞めたかったのは、仕事そのものというより、
人に合わせ続ける生き方だったのかもしれません。
会社の評価。
親の期待。
世間体。
役職。
そういうものを全部背負い続けることに、限界が来ていました。
そして、50代を前にして思いました。
ここから先は、少しでも自分の意思で生きたい。
それが、僕にとっての退職理由だったのだと思います。
ご縁があってタクシー運転手になった
今は、タクシー運転手として働いています。
正直、若い頃から目指していた仕事ではありません。
でも、ご縁があってこの仕事に出会いました。
実際にやってみると、僕には合っていました。
一人で車を走らせる時間。
自分で判断する感覚。
お客様を目的地まで安全にお送りする責任。
もちろん楽な仕事ではありません。
事故のリスクがあります。
売上の波もあります。
道路状況やお客様対応で気を使うこともあります。
それでも、管理職時代とは違うやりがいがあります。
僕は今、タクシーの仕事が好きです。
だからこそ、無理をするつもりはありません。
売上も大切です。
生活もあります。
でも、何よりも安全第一。
無事故無違反で帰ること。
ご乗車いただいた方を無事にお送りすること。
そして、自分も無事に帰ること。
それが今の僕にとって、
一番大切な働き方の土台です。
タクシーで大きく稼ぎたいわけではない
タクシーの仕事で、もっと大きく稼ぐ人はたくさんいます。
朝から夜まで走り続ける人。
ロングを狙う人。
繁華街やホテルに強い人。
売上を追い込める人。
それはそれで、本当にすごいと思います。
でも僕は、そこを目指しているわけではありません。
僕にとってタクシーの仕事は、
無理をして大きく稼ぐための仕事ではなく、
安全に、淡々と、長く続けるための仕事です。
もちろん、収入は必要です。
目標もあります。
生活もあります。
でも、焦って事故を起こしてしまえば、すべてが崩れます。
だから僕は、売上よりも安全を優先したい。
これは、きれいごとではなく、
今の僕にとって現実的な判断です。
それでも、一つの収入源だけに依存したくない
タクシーの仕事は好きです。
これからも、安全第一で続けていきたいと思っています。
でも、タクシー一本にすべてを賭けるつもりもありません。
将来、個人タクシーをしているかもしれません。
今と同じように会社で働いているかもしれません。
まったく別のことに挑戦しているかもしれません。
正直、それはまだ分かりません。
ただ、一つだけ思っていることがあります。
それは、収入源を一つに決めすぎないことです。
ブログかもしれない。
せどりかもしれない。
ネットを使ったビジネスかもしれない。
自分のこれまでの経験を活かした何かかもしれない。
大きく稼ぐためではありません。
会社に依存しすぎないため。
一つの仕事に人生を預けすぎないため。
家族を守るため。
そして、自分自身が納得して生きるため。
それは、僕にとってリスクヘッジでもあります。
そして同時に、自己満足でもあります。
自分で考え、
自分で試し、
自分で小さな結果を作る。
その感覚が、僕には必要なのだと思います。
独立だけが正解ではない
ネットを見ると、会社を辞めて自由に生きることが、正解のように語られることがあります。
でも、僕はそうは思っていません。
独立が正解とは限らない。
会社員が間違いとも限らない。
副業をすれば幸せになれるとも限らない。
大切なのは、自分に合っているかどうかだと思います。
僕が今、会社に所属してタクシーの仕事をしているのも、理由があります。
社会保険がある。
働く土台がある。
完全に一人で背負わなくていい。
50代からの働き方として、これはかなり大きいです。
だから僕は、無理に独立したいわけではありません。
会社に所属しながら、
自分の余力で別の可能性も育てていく。
今の僕には、そのくらいの距離感が合っている気がします。
内向型はキャリアを一つに決めなくていい
昔の僕は、キャリアは一つに決めるものだと思っていました。
一つの会社で頑張る。
役職を上げる。
収入を増やす。
定年まで勤める。
それが普通だと思っていました。
でも今は、少し違います。
内向型の僕にとって大切なのは、
一つの肩書きにしがみつくことではなく、
自分が消耗しすぎない形を選ぶことでした。
会社員でもいい。
個人事業でもいい。
副業でもいい。
ブログでもいい。
タクシーでもいい。
一つに決めなくてもいい。
むしろ、いくつかの選択肢を持っておくことで、心が少し楽になることがあります。
逃げ道というより、余白です。
内向型には、その余白が大事なのだと思います。
収入とやりがいのバランスも、人それぞれでいい
収入は大切です。
きれいごとではなく、お金がなければ生活はできません。
だから、収入を考えない働き方は現実的ではありません。
ただ、収入だけを追いかけると、心がすり減ることもあります。
やりがいだけを追いかけても、生活が不安定なら続きません。
結局、どこでバランスを取るかは、人それぞれです。
僕の場合は、タクシーの仕事で生活の土台を作りながら、
余力でブログや別の収入源を育てていく。
今は、その形が一番現実的だと思っています。
内向型シリーズを、ここでいったん終わります
ここまで、内向型の働き方について何本も記事を書いてきました。
消耗しやすいこと。
回復が必要なこと。
仕事の選び方。
職場との相性。
自分に合う働き方。
書きながら、自分自身の整理にもなりました。
そして最後にたどり着いたのは、
やはり「自分の人生をどう生きるか」でした。
内向型だから、こうしなければいけない。
50代だから、こうすべき。
会社を辞めるべき。
独立するべき。
そういうことではありません。
人に合わせすぎず、
静かに、自分の人生を取り戻していく。
それが、僕にとっての内向型の働き方だったのだと思います。
このシリーズは、ここでいったん完結します。
また何か書きたくなった時は、
内向型という言葉にこだわらず、
日々の仕事や参拝、家族との時間の中で感じたことを残していこうと思います。
まとめ
内向型は、キャリアを一つに決めなくていい。
会社員でもいい。
副業をしてもいい。
転職してもいい。
独立を目指してもいい。
今の仕事を続けながら、別の可能性を育ててもいい。
大切なのは、誰かの正解ではなく、自分に合う形を探すことだと思います。
僕は今、タクシーの仕事を安全第一で続けながら、
ブログやネットを使った小さな可能性も育てていきたいと思っています。
それは大きく稼ぐためではなく、
自分の人生を自分で選び続けるためです。
もし今、働き方に迷っているなら、
無理に一つの答えを出さなくてもいいと思います。
少しずつ整えながら、
自分に合う道を探していけばいい。
僕自身も、まだその途中です。
ここまでの内容は、
内向型の働き方シリーズで詳しく書いてきました。
特に、
・50代で管理職を辞めたリアル
・内向型に合う働き方の条件
・消耗を止めるためにまず手放した3つのこと
は、この文章の背景として読んでいただくと、
より伝わりやすいかもしれません。
内向型の働き方については、こちらにまとめています。
👉 内向型の働き方シリーズ|全記事まとめ
📌 このブログは、「内向型のまま、50代から人生を組み直したい人」のために書いています。
🌿 ひとり時間を大切にしたい方
🛐 御朱印めぐりや一人旅が好きな方
🚖 無理しない働き方を選びたい方
僕の実体験が、あなたの“静かな一歩”のヒントになれば嬉しいです。





