仕事休みの2026年2月17日(火)。
先月、1月7日(水)から真言宗十八本山巡拝をスタートしました。
一番最初に参拝したのは教王護国寺(東寺)・第9番。
今日は、予定変更で参拝できなかった智積院・第7番を参拝するつもりでした。
準備を整えて家を出る直前に、ふと思いました。
智積院を含む京都の本山は、京都好きの父と暖かくなってきたら一緒に参拝しよう、と。
そうすると今日は奈良。
奈良には四つの本山があります。
- 第13番 宝山寺
- 第14番 朝護孫子寺
- 第15番 西大寺
- 第16番 長谷寺
生駒山の宝山寺・第13番は近畿三十六不動尊巡拝で昨年参拝しているので、
朝護孫子寺(信貴山)・第14番を参拝させてもらおうと予定変更しました。
20年ほど前、僕はこの山で泊まり込みの企業研修を受けました。
当時の記憶は断片的で、場所も道もほとんど覚えていません。
それでもなぜか、ずっと心のどこかに残っていた場所です。
朝護孫子寺(信貴山)は、
日本最初に毘沙門天王が出現した霊場として知られ、
“寅(とら)”の信仰でも有名な場所です。
50代になった今、もう一度あの場所を歩いてみたいと思いました。
先に今回の参拝の結果ですが、
10:30に着いて、朝護孫子寺(信貴山)を出たのが16:00。
普通の参拝なら、ここまで時間はかからないと思います。
断片的な記憶が少しずつ戻ってきて、答え合わせをしていたら、
18,000歩歩いていました。距離にして約11km。
しかも山道と階段の連続。
しばらくいいかな…と思うくらいハードな参拝になりました(笑)
でも身体はきついのに、心はなぜか静かでした。
今日は参拝というより、過去の自分に会いに行く一日だったのかもしれません。
20年前の記憶をたどる旅のはじまり
第1駐車場に車を停めて、まずは開運橋を渡ります。
橋の名前が良すぎる。こういうの、僕は弱い(笑)
この橋は戦前に架けられた橋で、形式は上路カンチレバー橋。
現存する同形式の橋としては最古らしいです。
関西で唯一、橋からバンジージャンプもできるみたい。
試しに橋から下をのぞいてみた。
……怖い。30mだって。
僕は高所恐怖症ですから、バンジーには一生ご縁はないでしょう。

開山堂|階段のきつさで“修行”が始まる
開山堂へ。
階段がきつい。
いきなり修行みたいな気分になる。
ただ、ここで知ったのが「閉堂」ということ。
令和7年4月より、いくつかのお堂が曜日で閉堂になっているみたい。
対象は、
霊宝館/開山堂/虚空蔵堂/三宝堂/剣鎧堂。
日替わりで閉堂とのこと。
今日は開山堂が閉堂。
僕は四国八十八カ所は車でお遍路を満願している。
四国八十八カ所のご本尊が360度ぐるっと立体的に祀られている
立体曼荼羅を楽しみにしていたんだけど、残念。

“寅の山”|世界一の福寅、そして虚空蔵菩薩

境内には大きな寅の像があり、至るところに寅の意匠があります。
神社や寺には獅子が多いですが、
朝護孫子寺(信貴山)は寅と縁の深い寺で、寅、虎、トラです。
世界一の福寅。首は動いてないなぁ(笑)
境内には「2月は福徳開運 寅の月まいり」と案内が出ていました。
ここでピタっと繋がる。
「そういうことか…」って思った。
僕は寅年生まれ。
理由が先にあって来たわけじゃないのに、
あとから意味が追いついてくる。
こういう瞬間があると、一人旅っていいなと思います。
ポストまで寅。徹底してるなぁ。
虚空蔵菩薩は寅年生まれの守り本尊。
本堂の参拝前に虚空蔵堂も参拝しました。
本堂参拝と戒壇めぐり|暗闇の中で出会った虚空蔵菩薩
本堂は舞台造りで、境内を見下ろす景色と奈良盆地を見渡す眺めが広がります。
信貴山の空気をいちばん感じられる場所かもしれません。
本堂で参拝しました。

そして戒壇めぐりへ。
🙏善通寺の旅|第3話「戒壇めぐりで感じた静寂と、御朱印(重ね印)」
善通寺で一度体験していたので、暗闇への恐怖は少し和らいでいました。
右手を壁に添えながら歩き進みます。
真っ暗闇の中、途中でほんのり明るくなり、守り本尊が現れました。
僕の生まれ年の守り本尊、虚空蔵菩薩にお礼をしました。
そして再び暗闇へ。
壁に触れながら進んでいくと、
手の感触が明らかに変わる場所がありました。
それが如意宝珠の鍵。
心願成就のご利益があるといわれています。
冷たい壁に触れていく音(スー、スー)が、
ご本尊さまの息を聞いているような感覚がありました。
そして真言宗十八本山の御朱印をお受けしました。
僕にとって御朱印は、集めるものというより、
心を整える“区切り”のようなものです。

本堂で景色を眺めながらゆっくりしていると、
インバウンド観光客の家族に写真を頼まれました。
日本語が上手な方が多い。
僕の英語力の無さには失望します(笑)
信貴山富貴閣|20年前の記憶が戻ってきた

写真を撮り終えたあと、舞台造りからの景色をもう一度眺めていると、
不思議と、もう一度本堂に参拝したくなりました。
四国お遍路の頃から続けている勧行法則で、静かに般若心経を唱えました。
声には出していませんが、唱えていると身体の内側が落ち着いていきます。
そしてそのあとも、どこか引っかかる感覚が残っていました。
玉蔵院という建物が、本堂へ向かうときからずっと気になっていたのです。
参拝を終えてもその感覚が消えず、来た道を戻って確かめに行きました。
そこで目に入ったのが、信貴山富貴閣。
「ここに泊まっていた」
そう思った瞬間、確信に近い感覚がありました。
入口の奥に見える自動販売機。
見覚えのある配置。
記憶の断片が、急に現実と重なりました。
20年ほど前。
この信貴山で、泊まり込みの企業研修を受けていました。
細部はほとんど思い出せないのに、
宿泊した場所だけはここだと分かりました。
記憶とは不思議なものです。
あとで調べると、この宿坊・玉蔵院の富貴閣は
団体向けの宿泊施設でした。

山道|記憶の答え合わせのために
宿坊から山道へ入りました。
雲海を見た記憶。
朝食前に歩いた記憶。
掛け声を出しながら走った記憶。
その断片的な記憶と、場所の答え合わせをするために。
しかし道は分かりません。
それでも足は自然と前へ進みます。
「なぜ自分はこんなことをしているのだろう」と思いながら。
電波も弱い山道です。
歩いても歩いても確信は持てない。
それでも「確かにここを歩いた」という感覚だけは残っています。
研修中は携帯が禁止だった記憶があります。
当時はまだガラケーの時代でした。
研修が何日間だったのかも思い出せません。
ただ、禁煙で終わったあと最初に吸った一服で
強いめまいがしたことだけは覚えています。
「あの時やめていれば」
今になって、そう思います。
分岐で迷いました。
池のような場所も見えます。
どちらだったのか分からない。
その場で何度も周囲を見回して確認しますが、思い出せません。
ただ、鳥の声と葉の揺れる音だけははっきりと聞こえます。
この静けさの中にいると、
普段抱えている悩みがとても小さく感じられました。
山の中でガサガサと音がして、少し怖くなりました。
「熊ではありませんように」と心の中で思いながら歩きます。
13時30分。
かなり山の奥まで来ています。
いつもならこの時間、
「流れが悪い」「売上が気になる」と考えているはずです。
でもこの日は、それがとても小さなことに感じられました。
一年365日。
良い日もあれば思い通りにならない日もあります。
仕事は運の要素が大きく、心が揺れる日々です。
それでも一年を通して見れば、結果的に均されていく。
そうやってこれからも進んでいくのだと思います。
気の向くままに歩いている今の時間。
自由に動けていることへの感謝が自然に湧いてきました。
やがて民家が現れ、
「ここは違う」とはっきり分かる場所に出ました。
目的の場所は見つけられませんでした。
残念でしたが、そこで引き返すことにしました。
途中、山中に捨てられた車を見つけました。
30年前、自分が乗っていたシルビアと同じ型でした。
タイヤはなく、車内には草が生えています。
まるで時間に置き去りにされた風景のようで、
しばらく立ち止まって見入ってしまいました。
時間は、静かに積もっていくものなのだと感じました。
20年という時間は、
記憶を曖昧にするのではなく、
感覚だけを残すのだと思いました。
再び境内へ|日本一大地蔵尊に“無事故成育”を願う
さきほどは素通りしてしまったのですが、
境内に戻ってきたとき、改めて足が止まりました。
日本一大地蔵尊。
説明には、
「無事故成育」「知恵発達」など、
心を込めて念ずれば子どもだけでなく
家庭にも福分を授ける仏様とあります。
その前に立ったとき、
迷いなく祈っていました。
家族のこと。
これからの人生のこと。
そして、日々の無事。
山の中を歩いてきたあとだったからか、
祈りはとても静かで、自然なものでした。

空鉢護法堂|休憩を覚えた50代の登り降り
空鉢護法堂へ向かいます。
山道でかなり疲れてしまい、
いったん駐車場近くまで戻っていました。
それでも
「心の詰まりはなくしたい」
そう思い直し、再び引き返して千手院へ。
護摩堂で参拝を済ませ、
そこから空鉢護法堂への石段を登り始めました。

……坂道がきつい。
息が上がる。足が重い。
この日は「先を急がない」と決めていました。
少しずつ登ります。
途中で休憩。
ベンチがあり、灰皿も置かれていました。
以前の自分なら、
苦しくても「根性で登る」と思っていたはずです。
でも今は違う。
休むと楽になることを知っています。
心臓が強く脈打っているのが分かる。
「よく頑張っているな」と、
自分の身体に声をかけていました。
ゆっくり登りきり、
空鉢護法堂の本堂で参拝しました。

そして、気づきました。
「ここだったのか」
龍神が祀られている山頂からの景色を見た瞬間、
記憶がつながりました。
雲海を見た場所。
それは、この空鉢護法堂だったのです。
あのときと似た、
心が洗われるような清々しさを感じました。
登ってきた石段の記憶はほとんど残っていませんでしたが、
下りの階段を見たとき、研修当時の光景がよみがえりました。
あの頃は、この階段を一気に駆け降りていた。
今はもう、そんな体力はありません。
足を踏み外さないよう、一段ずつ慎重に下ります。
その歩き方の違いに、
過ぎてきた年月を感じていました。
奥之院へ|20年越しの“答え合わせ”

車で奥之院へ向かいました。
山道はかなり狭く、運転には緊張します。
日頃ハンドルを握る仕事をしていても、
この道幅はさすがに気を遣いました。
奥之院の境内に立ったとき、
最初は「記憶していた場所と違う」という感覚がありました。
それでも確実に、
20年前の企業研修でこの地を訪れています。
そして本堂内の毘沙門天三尊像(毘沙門天・吉祥天・善膩師童子)を拝した瞬間、
その感覚は確信に変わりました。

当時は、朝護孫子寺(信貴山)の宿坊から山道を歩き、
この奥之院まで来ていたはずです。
今回は山中で道を見失い、
同じ経路では辿り着けませんでした。
それでも車で訪れたことで、
20年越しの“答え合わせ”は確かにできました。
今日ここに来た意味は、
この場所でようやくつながりました。
内向型を知らない自分へ|「身の丈にあったことをしなさい」
あの時の自分に伝えたい。
子どもたちは独立し、
妻と犬たちと穏やかに暮らしている。
両親も健在で、
今は自分の意思で選んだ働き方をしながら、
静かに自由を感じて生きている。
研修で先生に言われた言葉がある。
「身の丈にあったことをしなさい」
当時の自分には、
否定されたように感じられた。
でも今なら分かる。
あの言葉は制限ではなく、
自分に合った生き方へ戻るための指針だったのだと思う。
無理に背伸びをして、
外向型の正解を演じなくていい。
静かに回復しながら、
自分のリズムで生きていい。
もう少し早く気づいていれば、
もっと早く楽になれたかもしれない。
それでも、
今気づけたから今の自分がある。
内向型を知らなかった頃の自分へ。
「大丈夫。ちゃんと自分の場所に辿り着く」
この言葉の意味に気づくまでの経緯は、
50代で管理職を辞めた日|退職を決めた研修の2日間
にも書いています。
歩いた距離と時間|18,000歩の巡礼
- 滞在:10:30〜16:00頃
- 歩数:約18,000歩
- 距離:約11km(山道・階段含む)
身体的にはかなり負荷の高い行程だった。
それでも、心は軽くなっていた。
信貴山は、
参拝の山であると同時に、
過去の自分と現在の自分が重なる山でもあるのだと思う。
📌 このブログは、「内向型のまま、50代から人生を組み直したい人」のために書いています。
🌿 ひとり時間を大切にしたい方
🛐 御朱印めぐりや一人旅が好きな方
🚖 無理をしない働き方を選びたい方
僕の実体験が、あなたの“静かな一歩”のヒントになれば嬉しいです。





