静かな時間を大切にしながら、
2026年度は、真言宗十八本山の巡拝をはじめます。
この日の移動や参拝は、予定をきっちりこなすことよりも、自分の感覚が落ち着く流れを優先した一日でした。
今振り返ると、こういう過ごし方そのものが、内向型の僕には合っているのだと思います。
大阪成田山不動尊で、新年の挨拶を

2026年1月7日(水)。
病院での治療予約に合わせて休みを取りました。
朝、妻に大阪成田山不動尊へ車で送ってもらいます。
二週間ぶりの成田山です。
🙏大阪成田山不動尊|静かな境内でお礼参拝
今回は、新年の挨拶。
三が日を過ぎていたこともあり、人は少なめ。
本堂と大師堂の中に入り、落ち着いて手を合わせることができました。
病院での治療は、だいたい二週間おき。
これからは、その節目ごとに報告や相談をしに来よう。
そんな気持ちになりました。
病院という現実
参拝を終え、そのまま関西医科大学 香里病院へ。
治療は無事に終了。
この日は待ち時間も短く、少しだけ気が楽でした。
特別な出来事はありません。
でも、こういう「何も起きない時間」が、今の自分には大事なのかもしれません。
この治療は、長い付き合いになりそうです。
京阪電車に乗ると、胸が高鳴る
病院を出て、京阪電車に乗りました。
子どもの頃から、京阪電車が好きでした。
実家も自宅もJR沿線ですが、祖母の家は京阪沿線。
滅多に乗らなかった分、どこか特別でした。
大人になっても、それは変わりません。
京阪電車に乗ると、なぜか胸が高鳴ります。
特急はやっぱりいい。
結婚前、妻と伏見桃山に住んでいた頃のことも浮かびました。
京阪電車で淀屋橋へ出て、御堂筋線に乗り換えていた通勤。
ラッシュはすごかったけれど、不思議と苦にならなかった。

東寺駅に降り立つ
丹波橋駅で近鉄電車に乗り換え、東寺駅に到着しました。
歩行者信号の
「カッコーン♪、カッコーン♪」
「ピョーン♪、ピョーン♪」
という音が耳に入ります。
大阪では聞かない音。
京都や奈良の記憶と結びついています。
建物は低く、看板の色は抑えめ。
コンビニの色合いも、大阪とは違う。
街は好きです。
ただ、サラリーマン時代に営業職をしていた頃の印象として、
京都は、どこか一筋縄ではいかない土地だと感じていました。
東寺という空間

ちょうどお昼ごろ、教王護国寺(東寺)に入りました。
国宝・秘仏不動明王護摩供修法所。
写真を撮ることすら少しためらいがあり、今日は撮りませんでした。
国宝 西院御影堂に入り、静かに参拝。
お賽銭を入れ、手を合わせます。
観光というより、
「中に入らせてもらった」という感覚が近い。
👉 四国お遍路の成満証をいただきに東寺へ|満願から7年後の参拝記
五重塔・金堂・講堂

国宝五重塔の内陣特別拝観。
金堂・講堂・五重塔の共通拝観券を購入しました。(大人 1,200円)
車では何度も外から見てきた五重塔。
でも、間近で見るとやはり圧巻でした。
天空に伸びる五重塔。
そのはるか上を横切る飛行機。
なぜか、その対比に心を打たれました。
金堂ではお賽銭。
台座を支える十二神将像を見ながら、
仏さまにもそれぞれ役割があるのだなとふと思います。
この「支えている感じ」が、なぜか好きです。
講堂では、不動明王の前で真言を唱えました。
やはり、不動明王に引き寄せられる。
天気は良く、暖かい。
正直、ずっとここにいたい気持ちになります。
名残惜しいですが、次も今日は楽しみたいので退場しました。
真言宗十八本山、はじまり

食堂で専用納経帳を購入し、御朱印を受けました。
そして今後のために、巡拝案内記も手にしました。
これで、真言宗十八本山巡拝のスタートです。
それでも、教王護国寺(東寺)の空間にまだいたい。
気がつけば、いつも以上に長居していました。
京都はバス移動、という話
14:09。
九条近鉄前バス停から、京都市営バスに乗りました。
京都はバス移動がメインだとよく聞きます。
昔、二年ほど京都に住んでいたことがありますが、
市バスに乗るのは今回が初めてでした。
インバウンドが多いとも耳にしていましたが、
東寺も日本人の方が多く、バスも思ったより空いていました。
五条坂で降りて、予定変更
予定を変更します。
七条から五条に向かう参拝ルートを、五条から南へ下ることにしました。
14:37。
五条坂でバスを降ります。
八坂神社。
やっぱりここはインバウンドが多い。
ただ、ニュースで見た頃の混雑と比べると、今日はずいぶん落ち着いているように感じました。
六波羅蜜寺で立ち止まる
14:44。
六波羅蜜寺に到着しました。
近畿三十六不動尊・第十二番。
「苦しみからの救済」という言葉が頭に残ります。
境内には芸子さんの姿や、色紙を手にした人たちが並んでいました。
流れに合わせて、自分も列に並びます。
ただ、なかなか進まない。
少しずつ、違和感が積もっていきます。
並びながら考えたこと
15:23。
三十分ほど並び、水掛不動尊が見える位置まで来ました。

途中から薄々気づいてはいましたが、
これは参拝の列ではなく、御朱印をいただくための列でした。
参拝をしていないのに御朱印をいただくのは、どうしても気が引けます。
いまさら並び直すのも正直つらい。
でも、このまま進むのも違う気がしました。
今日は、六波羅蜜寺は参拝だけ
悩んだ末、御朱印はいただかず、参拝だけをすることにしました。
静かに手を合わせる。
それで十分だと思えました。
「今日はここまででいい」
そう区切りをつけて、境内を後にしました。
人に合わせるより、自分の感覚を優先した。
それが、今の自分には一番しっくりくる選択でした。
以前の僕なら、周りの流れに合わせて無理に進んでいたかもしれません。
でも今は、「自分が削られない選択をしていい」と少しずつ思えるようになっています。
👉 仕事を変えずに消耗を減らす|内向型が続けられる“調整”の考え方
豊国神社へ
15:36。
豊国神社に到着しました。
手水舎は、ひょうたん。
秀吉ゆかりの神社らしい光景に、思わず足が止まります。

境内には豊国大明神こと豊臣秀吉像。
派手さよりも、どこか人間味を感じる佇まいでした。
参拝、そして御朱印
国宝の唐門から、静かに参拝させていただき、御朱印もいただきました。
去年、大阪城豊國神社へ参拝する計画はあったのですが、結局できませんでした。
大阪城はお客様の送迎で何度も行っている場所なのに、なぜかご縁がなかった。
それが今日、こういう形で総本社の「大元」に来ることになりました。
理由は、あとからわかればいい
なぜ今日、ここに来たのか。
はっきりした理由は、今はわかりません。
当初の計画は、
大阪成田山不動尊 → 病院で治療 → 教王護国寺(東寺) → 智積院。
時間と体力に余裕があれば六波羅蜜寺、という流れでした。
豊国神社が智積院から近いことは知っていたのですが、
「大阪城豊國神社へ行けばいいかな」と思っていました。
でも、こうして辿り着いたこと自体に、きっと意味があるのだと思います。
理由は、あとからわかればいい。
今日はただ、ここに来られたことに感謝して、静かに手を合わせました。
御朱印帳の一ページ
豊国神社の御朱印は、サムハラ神社の御朱印帳に直書きでいただきました。

表面の最後が、豊国神社。
ページを閉じて、ふと「なんかいいな」と思いました。
狙ってそうしたわけではありません。
でも、今日の流れを考えると、
この場所に、この一社が収まったことに、妙な納得感があります。
今日は、ここまで
七条駅から、帰ることにしました。
一日を振り返るには、ちょうどいい区切りです。
全部うまくいった一日ではありません。
迷ったり、立ち止まったりもしました。
それでも、ちゃんと歩いて、ちゃんと考えて、最後は落ち着いて帰ることができました。
他の参拝記も、こちらにまとめています。
👉 御朱印・参拝記一覧はこちら
追記|六波羅蜜寺の混雑について
帰宅してから、あの日の混雑について少し調べてみました。
1月7日は、
「巳の日」と「都七福神ご縁日」が重なる御利益万倍の吉日だったようです。
この日、六波羅蜜寺では、
弁財天の御朱印に
「福寿弁財天特別印」と
「都七福神金印」の
二つの金印が重なる、いわゆる「W金印」が授与される日でした。
「希少なこの日に、ぜひお参りください」
そう案内されている理由が、
あとから振り返って、ようやく腑に落ちました。
結果として、
参拝の列ではなく御朱印の列に並んでいたことに途中で気づき、
この日は御朱印をいただかず、参拝だけにしました。
水掛不動尊を参拝し、
近畿三十六不動尊としての御朱印を目的にしていた自分は、
この日の境内では少数派だったのかもしれません。
それでも、状況を知った今でも、
あのときの判断は、自分にとって自然なものだったと感じています。
御朱印めぐりは、僕にとって「たくさん回ること」よりも、その日の自分に合う流れで静かに整うことのほうが大事です。
そう考えると、参拝の時間そのものが、内向型の僕にとって大事な回復時間になっているのかもしれません。
👉 内向型の回復方法|疲れやすさを整える静かな休み方と習慣
📌 このブログは、「内向型のまま、50代から人生を組み直したい人」のために書いています。
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