2026年6月13日(土)。
京都・教王護国寺(東寺)へ参拝してきました。
目的は、2019年(令和元年)に満願した四国八十八ヶ所巡礼の成満証(じょうまんしょう)をいただくためです。
今は亡きチワワのココアと車中泊をしながら巡った四国お遍路8泊9日の旅。
満願から約7年が経ちました。
その後も高野山奥之院へ通い続け、
善通寺を再び参拝し、
金剛峯寺や壇上伽藍にも足を運びました。
そして今回、
東寺で成満証をいただく日を迎えました。
振り返ってみると不思議な気持ちになります。
お遍路を始めた当時は、
真言宗のことも、
般若心経のことも、
仏像の種類のことも、
ほとんど知りませんでした。
それでもなぜか四国へ向かい、
巡礼を終えたあとも、
ご縁が続き、東寺で成満証がいただけることを知ったのです。
今回はそんな東寺参拝の記録です。
肩と腰をほぐして東寺へ向かう
仕事休みの朝、起きると肩と腰がパンパンでした。
妻と愛犬マルくん(プードル7kg)とプーくん(チワプー2kg)と散歩へ行き、
帰宅してシャワーで肩と腰を温めます。
4勤+1休のルーティンでタクシー乗務は疲れます。
今日は車ではなく電車移動です。
昔はどこへ行くにも車でした。
大阪から東京。
鹿児島まで走ったこともあります。
それでも最近は、
高野山奥之院へ電車で参拝したことをきっかけに、
電車の旅もいいなと思うようになりました。
前回の東寺も電車でした。
今回の四国お遍路の成満証をいただく日は、
なぜか電車が合う気がしました。
東寺駅へ到着
近鉄東寺駅へ到着しました。
駅を出ると、
「カッコーン♪ カッコーン♪」
という横断歩道の信号の音。
前回も同じことを思ったのですが、
この音を聞くと京都へ来たなぁという気持ちになります。
今回はさらに、
信号機が印象に残りました。
最近の薄いLED信号ではなく、
昔ながらの信号。
大阪では少なくなった景色に、
どこか懐かしさを感じました。
東寺へ向かう道は何度か歩いていますが、
参拝の日は不思議と周囲の景色がよく目に入ります。
急いでいるわけではないので、
鳥がいれば足を止め、
空を見上げ、
のんびり歩きます。
成満証をいただく日だからなのか、
いつも以上に静かな気持ちで東寺へ向かっていました。
東寺南大門へ向かう途中で見かけたアオサギ
東寺駅から南大門へ向かう途中、
蓮の葉が広がる水辺でアオサギを見つけました。
しばらく眺めていると、
じっと動かなかったアオサギが突然動き出し、
魚を捕らえる瞬間を見ることができました。
参拝前の静かな時間。
なんとなく足を止めて、しばらく見入ってしまいました。
アオサギを眺めながら、
こういう寄り道も参拝の楽しみだなと思いました。
目的地へ急ぐだけなら見過ごしていた景色です。
四国八十八ヶ所を巡っていた頃も、
寺院そのものだけではなく、
道中の風景や出会いが記憶に残っています。
東寺へ向かう道でも、
そんなお遍路の頃を少し思い出しました。
アオサギのいた水辺を後にして、
ゆっくり南大門へ向かいます。
東寺へ来るたびに思うのですが、
南大門が見えてくると自然と背筋が伸びます。
今回は四国八十八ヶ所巡礼の成満証をいただく日。
まずは南大門の前でいつもより丁寧に一礼して境内へ入りました。

御影堂の前で足を止めた
御影堂の前で司馬遼太郎さんの文章を見つけた。

「そういうぐあいに自分をなじませてしまっている。空海に対する私の中の何事かも、こういう御影堂へのなじみと無縁でないかもしれない。」
四国お遍路を始めた頃の僕は、
空海についてほとんど何も知りませんでした。
それでも高野山奥之院へ通い、
善通寺を再び参拝し、
金剛峯寺や壇上伽藍へ足を運び、
こうして東寺にも来ています。
何かを学ぼうとして始めたわけではありません。
気がつけば少しずつ、
空海や真言密教の世界に「なじんで」いたのかもしれません。
この文章を読んだとき、
なんとなく自分のことを言われているような気がしました。
御影堂で般若心経を唱える

御影堂(大師堂)で参拝しました。
弘法大師空海は高野山奥之院にご入定されたと伝えられていますが、
東寺とのご縁も深く、
四国お遍路では東寺で出発のご挨拶をし、
高野山奥之院で結願の報告をすると言われています。
御影堂に上がり、
静かに般若心経を唱えました。
すると、
声に出してお経を唱えている方がいらっしゃいました。
その声に合わせるように、
僕も心の中で般若心経を唱えます。
不思議と気持ちの良い時間でした。
御影堂を出る頃には、
肩の力が少し抜けていた気がします。
成満証をいただく
食堂の納経所で、
四国八十八ヶ所巡礼の納経帳へ御朱印(500円)と、成満証(2,000円)をお願いしました。
納経帳と名前を確認され、
まずは納経帳の御朱印から書かれました。
少し緊張しましたが、
四国八十八ヶ所納経帳の最後のページは東寺の御朱印になり、
巡礼の全工程を達成した気持ちになりました。

次に僕の名前が書かれた成満証は、丁寧に筒に入れてくれました。
大人になってからも資格試験の合格証書などはありましたが、
賞状の筒を受け取るのは学生以来だった気がします。
四国八十八ヶ所納経帳と成満証の筒を受け取る際に、
「おめでとうございます」の言葉が身に沁みました。

御影堂へ戻り、
成満証の筒を眺めながら写真を撮りました。

2019年から続いていたご縁
2019年7月。
東京単身赴任を終え、
神戸勤務になった頃でした。
大阪から通勤できるようになった一方で、
息子は大学進学で一人暮らしを始めていました。
家族全員が揃うことは少なくなっていた時期です。
そんな時に、
今は亡きチワワのココアと一緒に四国お遍路へ出発しました。

何も知らずに始めた旅でしたが、この頃から空海とのご縁が続いていたのかもしれません。
結願から1週間後には、
高野山奥之院へ満願のお礼参り。
それからも、
奥之院へは何度も足を運びました。
父と参拝したこともあります。
息子と参拝したこともあります。
丹生都比売神社にもご縁をいただきました。
そして善通寺。
金剛峯寺。
壇上伽藍。
東寺。
振り返ると、
少しずつご縁が繋がっていたように思います。
何も知らずに始まった四国お遍路でした。
真言宗のことも、
般若心経のことも、
仏像のことも分からないまま出発した旅です。
それなのに、
大きく道を外れることなく、
気がつけば高野山へ通い、
善通寺へ足を運び、
真言宗十八本山を巡り、
こうして東寺で成満証をいただく日を迎えました。
一般的な順番とは違うのかもしれません。
それでも、
ぐるっと一周回って、
再び東寺へ戻ってきたような気がしています。
何かに導かれたというよりも、
ご縁を重ねながら歩いてきた結果なのだと思います。
不思議なものです。
お遍路のような毎日

タクシーへ転職してからの数年間も、
決して順調なことばかりではありませんでした。
事故も経験しました。
市場環境が厳しくなり、
思うようにいかない日もあります。
それでも、
今の仕事にはやりがいを感じています。
毎日違う人と出会い、
毎日違う場所へ向かう。
行き先は分かっていても、
どんな一日になるのかは走り出してみないと分かりません。
そんな日々は、
どこかお遍路にも似ています。
思い通りにならないことがあっても、
また次の札所へ向かう。
良い日もあれば、
そうではない日もあります。
それでも歩みを止めず、
また次へ向かう。
気が付けば、
タクシーに乗っている毎日も、
僕にとってのお遍路なのかもしれません。
最後に
四国お遍路は2019年に満願しました。
でも僕の中では、
まだ終わっていなかったのかもしれません。
奥之院へ通い、
善通寺へ参拝し、
そして今回、東寺で成満証をいただく。
そして今は、
四国別格二十霊場にも興味が向いています。
お遍路を巡っていた当時、
第62番札所・宝寿寺は四国八十八ヶ所霊場会を脱退していました。
そのため僕の納経帳には、
当時の四国霊場会の御朱印が残っています。
今となっては少し珍しい御朱印になりましたが、
再加入した宝寿寺へもう一度参拝してみたい気持ちがあります。
お遍路は終わったはずなのに、
ご縁だけは今も続いています。
今回の東寺参拝は、
そんなことを改めて感じる一日になりました。
他の参拝記も、こちらにまとめています。
👉 御朱印・参拝記一覧はこちら
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